「三人称語り」と呼んでいるのは、
「地の文」を進めていく話者が、
「一人称(私、僕、俺、…)」じゃない語りのことです。
一人称語りは、
気持ちを決めやすいんです。
語り手の「人となり」は、文の中で描かれているから、
その人の立ち位置から、
その人の「人となり」、というフィルターを通して世界を見ると、
語りどころは、決まってくる・・・
でも、三人称語りは、
そのキャラは、まさに「影の声」で、
その人柄のヒントは、何も書かれていません。
だから、読み手に委ねられて、
自由に作れるわけですが・・・
語り手の人格をどこにつくるか?
その人格をどのくらい、外に出して表現するか?
聴き手は、離れた不特定多数に設定するか?
近い少数に語るか?
そして、シーン毎に、
ストーリー進行を遠くから見つめるのか、
興味津々に近づいて、描写するか?
登場人物に寄り添って語るか?
聴き手の側に寄り添って、聴き手の共感を求めるか?
はたまた、冷静に客観的に語るか?
その、つくりどころで、
その作品の印象が全然違ってしまうんです。
その、どれが正しい、という答えもなく、
でも、
ぴたりとハマるかどうかで、
その作品を生かしもし、殺しもしてしまうほどの、
重大な問題で・・・
だから、
ああでもない、こうでもない、
と、
試行錯誤を繰り返してしまいます・・・
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